5月7日の読売新聞の「人生案内」欄から、人生の意味を改めて考えさせられました。
「自分に何の価値があるのか、何のために生きているのか?」という読者からの相談に対する、哲学者の小川仁志氏の答えに考えさせられたのでした。
以下、小川仁志氏の回答の抜粋
「・・・つまりこれは『生きる意味』についての問いだと思うのです。その答えはたくさんあると思いますが、少なくともこの問いのせいで苦しんでいるとするなら、ルーマニアの哲学者シオランの考えを参考にしてみてはいかがでしょうか。
シオランは、人生に意味などないといいます。いや、それどころか意味などあってはならないとまでいうのです。なぜなら、もし人生に意味があって、誰もがそれを求め、実現しないといけないとすれば、苦痛になってしまうからです。
むしろ人生には意味などないからこそ、私たちは自由に生きられるというわけです。その証拠に、人生の意味を求める人は皆苦しんでいます。多くの人はそうやって苦しみながら生きているのでしょう。」(ここまで抜粋)
なるほど、「人生に意味がなくてもいい」という見方があるんですね。
ただ、「人生の意味を求める人は皆苦しんでいます。多くの人はそうやって苦しみながら生きているのでしょう」という考えは全然納得できないけど…
私はこれまで、「人生は意味のあるものにしなければ」とか、「人には、それぞれ人生のミッションがある」という前提で生きてきました。
精神科医のフランクルだったと思うのですが(間違っているかも)、「人生があなたに語りかける声を聴く」という感じの言葉があったと思います。
それは、自分がどうこうということを超えて、人間にはもともとその人なりのミッションがあるという意味だったと思います。
私も、自分にも何らかのミッションというか、役割があるはずだと思っていました。
そして、自分のミッションはこれだ!という手応えをつかんだと思いながら8年以上経ち…
今だに何も出来てない自分を不甲斐なく思っていました。
そんな中での、「人生に意味がなくてもいい」‼️
勝手に解釈すると、ある意味「悟り」とも受け取れる言葉。
これを素直に受けとめると、人生の意味の次元が広がり「立体的」になったように感じられます。
少し力を抜いて人生を考えようと思いました。
人生相談の回答はこう結んでいます。
「相談者は、意味もなく最低限の生活ができればいいといわれています。本気でそう思えるなら、それが一番楽で自由な生き方になり得ます。方法は簡単です。自分の考えに自信を持つことだけです。人生に絶対正しい生き方などないのですから。」(ここまで抜粋)
人生に対して、自分の考えに自信を持つ…
自信?いつになったら持てるのか?
そもそもどんな自信か?
益々頭でっかちになりわからなくなりそうな今日この頃です…