人生に意味がなくてもよい?その2

kataruさんからコメントをいただき、ほんとそうだな~と思いながら、ふと思い出して気づいたことがあったので、このテーマの続きを書こうと思いました。

 

「人生に意味がなくてもいい」・・・私もわかるような気がしました。

 

というのも、以前ふとこんなことを考えて気づいたことがあったのです。

それは、自分の人生のミッションに気付いたのにもかかわらず果たしていなくて、もしこのまま死んでしまったら、死ぬ間際に自分はこの人生に後悔しないのか?と考えたことがあったのです。

 

で、死ぬ間際どんなことを思うのか想像してみました。

すると意外や意外。後悔するどころか、(それなりに)幸せな人生だったな~と思って死ねそうな気がしたのでした。

 

ミッションを形にできなかったことへの後悔は全くないし、いろいろあったマイナスなことも全く考えず、平凡だったけど平凡なりに幸せな人生を過ごせたことに感謝できたのです。

 

人生を自分で思うようにデザインして作るのもいいし、それが自分の人生の意味だと思ってもいい。きっとそれは充実した人生になるのだと思います。

 

でも、それができなかったからといってダメな人生かというとそうではないんだということに気付いたのでした。

 

ただ、そんなことを思っていたから、真剣さを欠いたまま8年以上も自分のミッションを形にできていないのかもしれません。

いや、そんな適当でいられることをミッションとは言えないでしょう。

・・・と、できなくてもいいことを正当化しているというか、反省するというか、結果的に人生に意味はなくてもいいのだと思っているというか。

 

自分にとって、人生の意味の価値観がブレブレになっていることに気付かされた今日この頃です。