9月に入って日差しは強いものの秋らしい涼しい風を感じるようになりました。
蝉の鳴き声もほとんど聞かれなくなり、替わってコオロギの鳴き声が響きわたるようになりました。
昨日(9月6日)NHK総合テレビで、時をかけるテレビ「われらの再出発~失業サラリーマンたちの6か月」を見ました。
この番組を見て、時代や環境の違いを超えて「仕事」について考えさせられました。
番組の内容については、以下NKHのホームページから引用
「1996年東京都立亀戸技術専門校(当時)のビル管理科に入学した中高年の16人は、いずれもバブル経済崩壊後の不況下、リストラや倒産などで職を失ったサラリーマンたち。それぞれ培ってきた仕事へのプライドもあれば、家族の事情もある男たちだ。入学当初は会話もなかったが、やがてクラスメートとして勉強を教えあうなど友情が芽生えていく。冬の時代を懸命に生きる人たちの、入学から卒業、再就職までの日々を見つめた。
1997年放送の職業訓練校のドキュメンタリー。山田洋次監督はこの番組を見て『学校Ⅲ』を製作したと言う。」
(ここまでNHKのホームページから引用)
家族を養うため、社会の一員として働きたいため、これまでの職歴とは全く関係もなく、自分の生きがいや興味とも全く関係のないビル管理の仕事に就くために「必死」に勉強し、就職試験を勝ち抜こうと立ち向かう姿を見て考えさせられました。
番組を見ていて最初は、時代や環境が今とは違うから自分とは関係ない話だと思いました。
しかし、見ていくうちに、時代や環境は違えど今の自分の生き方、仕事との向き合い方がいかに甘いかを突き付けられ、それをかわそうと言い訳をしている自分に気づかされたのです。
言い訳ができないほど番組の中の中高年が「生きるための仕事」に立ち向かう気迫と迫力が圧倒的だったのです。
番組に登場したある人は、定年前にリストラされ、新しい就職口を見つけるため技術専門校のビル管理科で学んでいました。
定年ほどの歳になってから、これまでと全く関係のないボイラー管理のための計算式や構造や操作を覚えなければならないことの大変さ。
学校では休み時間も勉強し、学校が終わってからも自宅で遅くまで毎日勉強するハードな日々。
息子さんが「今までこんなに必死に勉強する姿を見たことがなかった」と驚くほどの奮闘ぶりでした。
それほど必死に努力しているのにもかかわらず、思うように成績が伸びず、これでは合格は難しいと告げる教官に涙ながらに悔しさを話す姿。
それでも、仕事を得るためにはどうしても乗り越えなければならない。
涙の後、諦めることなくさらに努力する姿。
それでも不合格。私なら立ち直れないだろう。
しかし、彼は自分のため、家族のためにも諦めることが許されない。
家族の支え、学校の仲間と教官の協力によってさらに勉強を続け、再挑戦で合格を勝ち取る。合格通知を見た時の喜ぶ姿。
その後、何倍もの就職試験に勝ち就職が決まり喜ぶ姿。
「輝く姿」とはこのことをいうのだと思いました。
振り返っての自分。
やりたいことをできる環境にありながら何もやっていない自分。
ぬるま湯に浸かったままでいる甘さを突き付けられた番組でした。
パートタイマーでたいした収入もなく不足分を貯金を切り崩して生活している自分。
3年ほど前に自分の魂が消耗し続けて無くなってしまいそうだとサラリーマン生活を辞めた自分。
これからは自分がやりたいことで人の役に立つことを仕事にするのだ、と意気込みながら結局何も前進していない自分。
(すみません、まだ具体的にどのようなことなのか書くことができません。書けないこと自体、先延ばしして消極的になっている証拠です)
貯金が無くなる前にまでに何とかしなければならないのに、切迫感がないというか、いつも言い訳をしてダラダラと先延ばしにしている自分。
この番組で甘さを突き付けられて何もしないわけにはいかない・・・
体調不良と付き合いながら、できる範囲でいいから前に進まなければと思った時間でした。