
桜が満開と思ったら、今日は強風と雨。花見もそこそこに帰ってきました。
先日、日曜マイチョイスというテレビ番組を見ました。
番組では30歳代で一流企業を早期退職して自分の道を切り開いた方が紹介されていました。
その方(Yさん)は、現在59歳で長野県伊那市で蕎麦の店主をしています。
元々は兵庫県に住んでいました。30歳代だった当時は一流企業に勤めていて、同じ職場だった奥様とあわせた世帯年収が1200万円を超えていたといいます。
Yさんは阪神淡路大震災で被災したときに、建物の下敷きになった人を助けるために知らない人同士が力を合わせたことに感動したそうです。
その経験から、人が繋がり合える地域を作りたいと思うようになったといいます。
そのために、地方に移住して街づくりを仕事にしようと計画しました。
縁あって30歳代後半に長野県伊那市に住むことになりました。年収1200万円の生活を捨てて。
Yさんは伊那市に移住後、たまたま蕎麦打ちを習った時に、ある蕎麦店主から店を継いでくれないかと頼まれます。
普通なら、街づくりがしたいからと断るところですが、Yさんは「もしかしたら街づくりに繋がるかもしれない」と思い蕎麦店を継ぐことを決意しました。
Yさんは飽きっぽい性格なのに、なぜか蕎麦打ちだけはやればやるほどのめりこんでいきました。
そうしているうちに、今や押しも押されもせぬ伊那市の蕎麦の名店として連日大行列のできる店になりました。
さらには、美味しい蕎麦を追求するために、50歳を過ぎてから信州大学農学部の大学院に入り蕎麦を研究します。
大学院修了後は研究員として美味しい蕎麦の研究に打ち込んでいます。今も、冬は蕎麦店を休業して研究に打ち込んでいるそうです。
番組を見ていて、私は、人生は予期しない展開があるから面白いんだな~としみじみ思いました。
ところが、話はそこで終わらなかったのです。
Yさんが蕎麦打ちを地域の方々に教える機会を得たのをきっかけに、地域とのつながりが深くなり、そこから当初考えていた街づくりに繋がっていく方向性が見えてきたのです。
すごい展開だなと思ったのですが、ふと、Yさんが蕎麦店を継ぐときに、「それも街づくりにつながるかもしれない・・・」といっていたことを思い出しました。
移住して蕎麦店主という思わぬ展開になったものの、当初の街づくりがしたいという思いがぶれていなかったからこそ、本来やりたかったことへとつながっていったのだと思います。
蕎麦への並々ならぬ探求心と街づくりの二刀流。
Yさんは言い切ります。今は一流企業に勤めていた時の半分程度の収入であるけれどもやりたいことができている今に後悔はないと。
そう語るYさんの生き生きとした表情がとても輝いて見えました。
人生は予期せぬ展開があるから面白いと思いました。
そしてまた、やりたいことへの強い思いを持ち続けることの大切さも学ばせてもらいました。