自分にとって「いいもの」の判断基準はどこに?

かなり春めいてきました。

今度は花粉症の季節ですね。鼻がグズグズし始めています。

 

今日はヘッドフォンで気づいたことを書こうと思います。

オーディオにあまり詳しくないので、マニアの方からは的外れな感想だと言われるかもしれません。

私の感覚で感じたことからの気づきを綴ってみようと思います。

 

去年末に中古の密閉型のヘッドフォン(B君と呼びます)を購入したため、これまで使っていた古い密閉型のヘッドフォン(S君と呼びます)を使う機会がなくなっていました。

 

S君は数年前に中古で購入したものです。

10年ほど前に発売された中級よりちょっと下のクラスという感じでそれほど高価なものではありません。

S君の音質はB君に比べて、もたつく感じがします。

今一つスッキリ・くっきり鳴らしてくれないのです。

値段の違いや発売年の古さから仕方がないと思いました。カタログ上で示された性能からもB君の方が優れているのは明らかです。

 

もうS君の出番はないので手放そうと思いました。

 

そんなある日。

S君とお別れする前に、以前よく聴いていた1960年代のジャズのピアノトリオを聴いておこうと思いました。

すると・・・ポップスやロックではもたつく感じだったS君が、別人のように圧倒的な空気感とリアルなライブ感で鳴らしてくれました。

ベースの弦の響きやピアノのタッチの感覚。音を脚色せず、ありのまま素直に鳴らす感じにとても好感が持てました。

 

えっ?こんな感じだったっけ?と改めて驚きました。

 

B君なら、さぞかしもっとクッキリとリアルに鳴らしてくれるんだろうなとワクワクしながら期待して聴くと・・・

 

低音はくっきりしてるしピアノは煌びやかな感じがするけれど、なんか音にリアル感がないんですよね。

さらに空間表現に欠ける感じがして、演奏の雰囲気がストレートに伝わってきません。カタログでは、リアルな空間表現を得意とするとあったのに・・・

 

聴きごたえは、S君の圧勝でした。

S君を手放すわけにはいかないと思いました。

 

価格の高低、年代の新旧、カタログ上の性能だけでは測れない「感覚」(それはきわめて個人的な感覚かもしれません)があることに今更ながら気づかされました。

「感覚」は音楽のジャンルによっても変わってくるし、ヘッドフォンのメーカーや機種によるジャンルの得意・不得意もあるかもしれません。

「今ここ」で「自分がいい」と感じるものを大切にする。

 

結局、自分にとっての「いいもの」の判断基準は、外側にある(求める)のではなく、自分の中にある感性や感覚にあるということなんですね。

 

今回のヘッドフォンの気づきから思ったのは、物事を判断するときに、意外と判断基準を外に求めてしまっていたのではないかということです。

 

振り返ってみると、これまで、自分の感覚よりも、人からどう思われるかとか、お金になるかどうかなど、外からの基準で決めていたことがいかに多かったかを思い知らされたのでした・・・