写真が教えてくれたこと

庭の梅が咲き始めました。

と思ったら、昨日の朝は雪が積もっていました。

東京は桜が咲いているそうですが、こちらは簡単に春を迎えることができません・・・

 

先日、市民の写真展に行ってきました。

私は写真のことはよくわからないのですが、招待券をいただいたのでかけてみました。

 

会場に入ったとたん、額に入った四つ切の写真が100枚以上ズラッと並べられている様子に圧倒されました。

遠目で見ているので詳しく見えないし、斜めに見渡しているので見えないものが多いのですが、一枚一枚が一斉に語り掛けてきている感じがしました。

 

「わかりました。これからひとつずつ見させていただきます」と心の中で会場に声をかけ、一枚一枚見て歩きました。

 

星空を撮ったもの、風景を撮ったもの、人を撮ったもの、生活の様子を撮ったもの、鳥やサルなど自然界に生きる動物を撮ったもの、歌舞伎や修験者など活動の様子を撮ったもの、スナップ的なものなど、いろんな写真がありました。

 

写真をみていて一番感じたのが、私が住む地方の自然の豊かさと人の温かさです。

 

炎天下、川で水遊びをする元気な子供たちの表情。スイカにかぶりつく表情。

燃えるような日差しの中、畑作業を休んで一服する日傘を被った80歳代の男性のくしゃくしゃの笑顔。

雪が降りしきる中、屋根のないプラットフォームでひとり電車を待つ高校生の姿。

身長を超える高さに積もった雪をバックに高齢の夫婦が雪かきをする姿。

 

いずれも厳しい自然環境の中での一コマです。

そして、写っている人たちは厳しい自然環境を淡々と受け入れている・・・というか、環境に溶け込むように当たり前に生活しているのです。

 

写っている景色は、自分が暮らしている同じ景色です。

私はいつもこの環境を嫌って生活しています。

でも、写真に写った「いつもの当たり前の景色」が美しく見えます。

写る人たちの生活が輝いています。温かい心を感じます。

写真の世界を愛おしいと感じたのです。

 

なぜ私の現実と写真の世界が違って感じられるのか?

 

一瞬の場面が切り取られているものを別世界のものとして、現実と分けてしまうからなのか?

理由はよくわからないけれど、ふと浮かんできたことがありました。

 

「写真家の地域の風景を愛する気持ちや、生活する人々への温かい眼差しが、写真という形になって表現されているからではないか」と。

 

写真家の感動や思いや優しさが写真を通じて人に伝わる。

 

当たり前といえば当たり前のことかもしれませんが・・・

 

「現実を温かく受け止めると世界は違って見える」というとても大切なことを教えてもらいました。

 

これから、住んでいる自然環境に不満が頭をもたげてきたとき、これらの写真のことを思い出そうと思います。