売れないケーキを作り続けることから気づいたこと

 

寒暖差が激しい毎日ですがいかがお過ごしでしょうか?

こちらは桜が満開です。

 

全然たいしたことではないことなのですが、半年くらい前からちょっと気になっていたことがあったんです。

(ほんとうにどうでもいいことなんです。ただ、これほど気になるということは、実は自分にとって何か深く語り掛けてきているのではないかと感じていたのです)

 

気になっていることとは、古くからある近所の和洋菓子店さんのことです。

 

70歳代後半(と思われる)のご主人と奥さんの二人で切り盛りするその和洋菓子店には、和菓子だけではなく、毎日8種類のケーキが2個づつショーケースに並べられています。

 

私は仕事帰りに、結構な頻度で閉店近くにそのお店の前を通るのですが、この1年間ケーキが売れているのをほとんどみたことがないのです。

ちなみに、ケーキはチーズケーキやチョコレートケーキなど、昔からあるごくごく普通のケーキです。

 

毎日いつも同じ配置なので、もしかしたらケーキは模造品なのかもしれないと思いました。

試しに、ある時ブルーベリーが乗ったケーキを買ってみました。

注文すると、陳列されたショーケースからケーキを取り出してくれました。

本物だったのです。

 

ということは、ほとんど売れる可能性がないものを毎日毎日作り続けているということになります。

さらに、もしかしたら何年も前からずっとずっとこの状況が続いていたかもしれません。

 

高齢のご主人はどんな気持ちで毎日毎日ケーキを作っているのだろう?

市内にはどんどんおしゃれなケーキ屋さんができて、ケーキも華やかになっている中で、売れない昔ながらのケーキにこだわり続けるのはなぜだろう?

 

売れる可能性がほとんどないのに毎日毎日作り続ける気持ち。

売れ残ったものを毎日処分する気持ち。

経営的にもマイナスが積み重なっていくことへの気持ち。

 

私なら数か月は頑張れてもめげてやめてしまうだろう。

何がご主人を作り続けることに駆り立てているのだろう?

 

昭和の職人気質?

いや、そんな簡単な一言でかたずけられない「何か」がきっとあるはず。

 

その「何か」が気になったまま時間がすぎています。

「何か」はご主人から直接教えてもらうこと以外方法はありません。

でも、売れないのにどうして作り続けているのですか?なんて聞けるはずがありません。

 

一方、その「何か」とは別に気になっている、

『売れないケーキを作り続けることが気になることについて』にフォーカスしてみようと思いました。

 

続けることへの称賛・・・忍耐に対して?・・・職人としてのプライドに対して?

どれもピンときませんし、これ以上深く踏み込むことができません。

 

そこで、ご主人に対する思いから切り離して、なぜ気になるのかを「自分事」として見つめなおしてみることにしました。

 

自分にはできないことだと劣等感を抱いてしまうから?

近いような感じがするのですが、いくらフォーカスしてもその先まで深まりません。

 

答えがみつからず・・・気になったままになってしまうんだろうと思った瞬間。

ブクブクと心の底から湧き上がってきたものがありました。

 

それは…

自分はいつも何でも、興味を持ったことを継続してできない。

そのもどかしさというか、自分の駄目さ加減、ふがいなさが急に沸々と湧き上がってきたのです。

 

何一つとして続けられない自分を、強く責める気持ちにたどり着いたのです。

 

そして、これまで何でも続けられないがゆえに何も形として残せなかったこと、

自分が存在する(してきた)「意味」が形となっていないことに対する半ば絶望的な思いを潜在的に抱いていたこと、に気づいたのです。

 

わからなくてずっとモヤモヤしていた理由がわかってスッキリすると同時に愕然としました。

 

愕然としながらも、「このことに気づいても、これからの自分も、きっとこれまでと同じように、変わらないまま生きていくんだろう」と思う自分がいました。

 

変われない自分を受け入れていくしかないというあきらめと、一方で、それが私なのだと開き直る自分がいます。

 

ねじ曲がった素直でない自分を、「ああいつものお前だな」と苦笑しながら見つめる自分がいました・・・

 

ケーキが気づきを運んでくれました。甘いものではありませんでしたが・・・