また急に暑くなりましたね。
今日も30度を超えてエアコンがないと暮らせませんでした。
みなさんのところはいかがでしょうか?
今日、家で書類を整理していたら、2年前の新聞の切り抜きがでてきました。
2024年5月7日の読売新聞の「人生案内」です。
「自分に何の価値がある?」というタイトルの相談でした。
2年ぶりに読んでみると、哲学者の小川仁志の回答が想定外だったので抜粋して掲載させていただこうと思いました。
以下、その記事の抜粋です。
「自分に何の価値があるのかわからないし、みんながいったい何のために生きているのかもわかないというお悩みですね。
つまりこれは『生きる意味』についての問いだと思うのです。その答えはたくさんあると思いますが、少なくともこの問いのせいで苦しんでいるとするなら、ルーマニアの哲学者シオランの考えを参考にしてみてはいかがでしょうか。
シオランは、人生に意味などないといいます。いやそれどころか意味などあってはならないとまで言うのです。なぜなら、もし人生に意味があって、誰もがそれを求め、実現しないといけないとすれば、苦痛になってしまうからです。
むしろ人生には意味などないからこそ、私たちは自由に生きられるというわけです。その証拠に、人生の意味を求める人は皆苦しんでいます。多くの人はそうやって苦しみながら生きているのでしょう。
相談者は、意味もなく最低限の生活ができればいいといわれています。本気でそう思えるなら、それが一番楽で自由な生き方になり得ます。方法は簡単です。自分の考えに自信を持つことだけです。人生に絶対正しい生き方などないのですから。」
(ここまで抜粋)
どうでしょうか?
「こうくるか?」って回答だと思いませんか?
私自身、20年いや正確には40年以上前から、人生の意味、生きる意味について悩んでいました。
10年近く前に、ビクトール・フランクルの「人生には意味がある」、「人間は、人生から問われている」という趣旨の考え方に出会い、目を覚まさせられた感じがしました。
そこから、自分の人生が動き出した感じがします。
ところが、この人生案内の答えは全く逆で、人生に意味などないと言い切っているのです。
今回、この回答を読んで、「そうきたか!」と思いつつも、時間がたってくると「確かにこれもありだな~」なんて軽くゆるく思ったりしたのでした。
みなさんはどう感じられましたか?
深い問題ではあるので、機会があれば、ここをもう少し自分の中で掘り下げてみようと思います。
ではでは。