ルオーの絵を通して教えられたこと

ようやく梅雨入りしました。

さっそくジメジメした日が続いています。

どんよりした雨雲に気分も少々ダウンぎみです。

みなさんはいかがでしょうか?

 

先日のNHK教育テレビ「日曜日美術館」でルオーの絵について解説していました。

番組の中で、科学者でルオーの絵が好きだという福岡伸一氏の解説になるほどと思わされたことがあったので書こうと思います。

 

福岡氏が、ルオーの「聖顔」という作品の描き方の説明をとおして、現代社会への警鐘に結び付けて説明しているところがとても響いたのです。

 

どのような内容かというと・・・

(私が勝手に解釈した内容なので、福岡氏の発言と一致していないことをご了承ください)

 

「ルオーの絵の『聖顔』は、反射光ではなく透過光を通じて描いているところに特徴がある。

反射光のようにルッキズムやスポットライトが当たっているものを見るというような外見的なものの見方をするのではく、透過光による公平な光にさらされることによって内側にあるものをつかみとっている。

反射光による見方では物事の本当の姿は見えてこないのだ」

 

この絵についての解釈を、今の現代社会の視点の問題に結び付けて次のように説明しています。

 

「今のネット社会は、反射光によるものの見方をしている・・・ルッキズムやスポットライトが当たっているものを見るといった・・・表層的なものの見方をしている。これではものごとの本当の姿は見えない。

透過光を通して、等しく映し出されたものを見る時、はじめてみえるものがある。それは本当のものである。ネット社会の今こそ、等しく照らし出された世界を見るべきである」

 

以上、私が受け取った福岡氏の言葉の趣旨です。表現が正しくないことをご了承いただければと思います。

いかがでしょうか?

 

いつもネットなどの情報でわかったつもりになっている自分が恥ずかしくなりました。

今は情報が溢れていていつでも誰でも簡単に手にいれられるようになっているけれど、その情報が一面的な見方ではないのかと疑いつつ、常に等しく大きな視点から情報をとらえるようにしなければならないと教えられた気がします。

安易に分かったつもりになってはいけなんですね。