心と直感に従う勇気(その2)

雨のクリスマスだと油断した翌日、寒波到来。

今朝は昨日から積もった雪かきをしました。身体が寒さについていきません。

皆様のところの寒さはいかがでしょうか?

 

さて、「心と直感に従う勇気について(1)」の続きです。

前回は個人的なことを長々とかきました。

今回は、本の内容にふれたいと思います。

 

前回、「そのうちなんとかなるだろう」内田樹 著を読んで、私がいかに直感に従う勇気がないかという点をズバッと指摘されたかを書きました。

 

それで、今回はその本の内容を書くために、もう一度さらっと読み直してみました。

すると、著者のいわんとすることと自分の受け止め方にズレがあったことに気づきました。

 

「直感に従う勇気」って、自分が正面からぶつかって切り開いていくための勇気ではないことに気づいたのです(前回は何を読んでいたんだという感じです)。

 

その勇気とは、要所要所の分岐点で、一つひとつ直感に基づいて計算や打算なく自分の気持ちに正直に決断していく勇気という感じでした。

そこは「勇気」と表現するより、「決断するためのぶれない心構え」という感じがしました。

 

決断には力みがなく、無意識に流れるように進んでいくという感じがしました。

自分の中にある「本質」が、世の中の流れ一つひとつと出会い、直感に従って進むことによって、だんだん形になっていくといったらいいのでしょうか。

結果的にそう見えるのかもしれませんが。

 

なので、今回この本を読みなおして、自分に言い聞かせようと思ったのは、「自分の進みたい気持ちを大切にしながら、目の前に現れる流れに対して自分の直感に正直に身を委ねてみよう」ということです。

 

関連して、一発で自分が望む道を決めようと焦るのではなく、一つひとつの選択(直感に従って打算なく正直に)の繰り返しによって、自然と道が拓けてくるのだということを意識しようと思いました。

 

前置きが長くなってしまいました。

それでは以下、「そのうちなんとかなるだろう」内田樹 著からの抜粋です。

 

「『自分らしさ』というものはあると思います。ただ、それはまなじりをと決して『自分らしく生きるぞ』と力んで作り出したり、『自分探しの旅』に出かけて発見するようなものじゃない。ふつうに『なんとなくやりたいこと』をやり、『なんとなくやりたくないこと』を避けて過ごして来たら、晩年に至って、『結局、どの道を行っても、いまの自分と瓜二つの人間になっていたんだろうなあ』という感情を抱く・・・・・・というかたちで身に染みるものではないかと思います。

 

(途中略)さて、ここでぜひ強調したいのは、『自分らしさ』が際立つのは、『なんとなく』選択した場合においてです。特に計画もなく、計算もなく、意図もなくしたことにおいて『自分らしさ』は鮮やかな輪郭を刻む、そういうことではないでしょうか。

 

(途中略)『あなたがほんとうになりたいもの』、それが『自分らしい自分』『本来の自分』です。心と直感はそれがなんであるかを『なぜか(somehow)』知っている。だから、それに従う。ただし、心と直感に従うには勇気が要る。

 

僕はわが半生を振り返って言えることは、僕はほかのことはともかく『心と直感に従う勇気』については不足を感じたことがなかったということです。これだけはわりと胸を張って申し上げられます。恐怖心を感じて『やりたいこと』を断念したことも、功利的な計算に基づいて『やりたくないこと』を我慢してやったこともありません。僕がやったことは全部『なんだかんだ言いながら、やりたかったこと』であり、僕がやらなかったことは『やっぱり、やりたくなかったこと』です。」

 

ここまで抜粋。

 

これ以外にも今回インスパイアされたことがあったので、機会があればまた続きを書こうと思います。

 

長々と失礼しました。